智能気功とは

中国智能気功について

智能気功とは、名前の通り智恵と能力を開発するのに非常に有効な気功です。ここでいう智恵と能力は二つの意味があります。一つは、一般的にいう仕事や生活、スポーツにおいての智恵と能力です。一つは、一般人に現われない超常智能のことで、いわゆる超能力のことです。
智能気功を練習することで以上の二つの能力を比較的に短期間で開発することができるため、智能気功と名づけました。智能気功は、創始者のパンミン教授によって新しい気功として確立され、1981年に一般に公開し、1988年に石家庄市にて智能気功進修学院を設立し、後1992年に秦皇島市に移転し、華夏智能気功訓練センターに名前を変更しました。1998年10月に智能気功は、中国政府に認定されました。その功法の有効性と理論の合理性が認められました。
1999年に発生した法輪功問題のため、中国での組織的気功活動が制限され、華夏智能気功訓練センターは2001年に、解散しました。しかし、最盛期に700万人もいた中国全土の智能気功愛好者は、健康促進や、能力開発に今も智能気功の練習に励んでいます。
智能気功にはいくつかの大きな特徴があります。数千年に渡っていわゆる「一法一術」(方法と技術)、主に個人の神秘的な体験と断片的な理論しかもたない、そんな域を出なかった伝統気功を整理し、混元気理論を作り出したこと、整然と系列化した功法を有すること、そして組場(気場を作る)してから、大変効果的に功法を伝授することなどです。これらはいずれも伝統気功の真髄を継承した上に、現代科学の成果を参考にして気功練習の実践で得たものと結合し、作り出したものです。それゆえに智能気功は数多い気功流派の中の一つという範疇をはるかに超えた段階にあります。智能気功は伝統気功の神秘性を捨て、気功を科学といえる段階まで進化させたといえます。

パンミン教授プロフィール

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経歴など 1939年生まれ、智能気功創始者中国気功科学研究会委員
華夏智能気功訓練センター代表

日本智能気功学院の歩み

智能気功が日本に伝わったのは、1990年前後のことでした。
東京の北区にできた智能気功愛好会が、その始まりでした。1992年には、中国の本部から先生が来日され、ハイレベルなデモンストレーションと指導が行われました。
私、顧方進はこの年に留学生として来日し、翌93年から指導に携わるようになりました。
まもなく教室も、目白・板橋・小岩・王子・大山の五つとなり、会員は百人を超えました。各教室とも世話役の方々のみならず、会員の皆さんの熱い思いを力に、とてもよい滑り出しだったといえます。その後、94年5月には、智能気功科学協会を発足させ、指導員の養成を始めました。同年9月、王子で体験会を開催。このときには、二百人もの方々が集まりました。その後、合宿や講習会を通じて会員がぞくぞくと増え、95年にかけて大きく発展しました。96年には活動拠点の必要性を痛感して、日本智能気功学院を創立、翌97年に念願の練功場を北大塚にオープンし、2002年には、新気功整体院(後に気功癒整体院と改名)を併設しました。そして2010年1月には本拠地を南大塚に移転。より広い練功場と整体院を確保し、現在に至っております。今後はより多くの方々の健康増進と病気克服の手助けができるよう、更なる発展に向け、邁進していきたいと思っております。

顧方進プロフィール

顧方進

経歴など 1964年生まれ
有限会社智健社代表
日本智能気功学院学院長
中国無錫市気功科学研究会理事
中国国家認定気功医師
甘粛工業大学在学中より武術気功を習い、以後、真気運行法、周天功などを学びながら気功の科学的メカニズムの研究にも取り込んでいる。
87年に中国気功科学研究会第一回学術交流会に出席、論文「気功の返還態理論」を発表した。
89年智能気功の創始者パンミン教授と出会い、本格的に智能気功を修練する。
90年に石家庄市の智能気功進修学院の先生として指導に当たり、92年来日、日本で智能気功を教え始める。
96年日本智能気功科学研究所(後に有限会社智健社に改名)と日本智能気功学院を設立し、本格的に智能気功の普及と発展に努める。
2002年混元気功整体術を開発し、新気功整体院(後に気功癒整体院に改名)を設立した。

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