体験者の声

三月の初級講習会参加に至るまで   大塚教室 原 流美子

投稿日:2018-06-18

2017年の4月の同窓会で私が大動脈弁狭窄症とお話したら、鈴木指導員から勧められて、5月より中村節子指導員の整体を6回受け、7月から捧気貫頂法初級を受け始め、10月には捧気貫頂法中級に進みました。今回も鈴木指導員のお勧めで初級講習会に参加しました。
6月末の小学校のクラス会の近況には「目下、気功整体に救いを求めて手術を避けたいと願っています」と書いていました。
・2014年
 1月に心臓弁膜症大動脈弁狭窄症の診断を受けました。4月には東大病院で弁置換の即手術と言われましたが、家族は私が見た目は元気なので、手術には反対でした。
 心臓から血液を体全体に送り出す大動脈弁が石灰化して普通の人の3分の1くらいしか開いていないので、バス停まで走って死にそうになり、これはおかしいと思うようになりました。原因はもちろん加齢によるものですが、加えて私の場合は先天的に、本来弁は三尖のはずが二尖であることも関わりがあるようです。手術をしないために娘の勧めで、東京女子医大東洋医学研究所で漢方薬をもらうようになりました。
・2017年5月 
現在73歳。弁置換の手術は75歳の時で良いでしょうと言っていた循環器内科の主治医から即手術を勧められました。
 夜寝ていても息苦しくなったので、リクライニングベッドを借りるために介護保険を申請。要介護1が認められました。
・2017年11月 
循環器内科の検査結果は、私の病状では10人中、8~9人は即手術だが、私はBMP(心不全になる可能性)の値が良くなっているので手術はまだしなくて良いと言われました。
私は、心臓が直接痛いと感じる胸痛よりは脇の下が痛い、みぞおちが痛い、下腹部が痛いという症状が多かったので、初めは心臓が悪いと気がつきませんでした。
主治医からは、息切れ胸部圧迫感(狭心症)、失神の順に症状が出ると言われていました。自分の体の中で何が起こっているのか理解できず、それがなんとも言えず不安でした。
中村節子指導員から息苦しい時は「中指の中魁を押しながら、ゆっくり深呼吸をしてみてください」と教えられた時はとても嬉しかったです。
また、初級教室に通うようになり、中村和子指導員から暑くて歩くのが大変な時は「混元霊通と言って歩きなさい」と言われ、その通り実行して大塚駅から息苦しい中、懸命に歩きました。今でも歩く時は息苦しいのですが、教え通り「大丈夫、大丈夫」と言って、プラス思考で何事も乗り切ろうと努めています。
11月から3ヵ月間、ひどい咳が治らなかった時は「自分から咳を止める意識を持ちなさい」と言われて、初めは、出るものは出るのにと思いましたが、意識を変えることによって咳が静まり厳冬を乗り切ることができました。
合同練功の時は、捧気貫頂法の腰を曲げる姿勢は息苦しくてできないと思っていたのに、気場が強かったせいか、できたのでびっくりしました。その後、初級教室でも息苦しくならずにできるようになり自分でも驚きました。
徐々に自分の体にも自信が持てるようになり、教室のたびに便秘や歯痛や頭痛の対処法も伺って、自分の体の声を聞き対話ができるようになった気がします。
今回、3日間の初級講習会は朝から夜までなので、私の体は持たないのではないかと思っていましたが、同世代の初級クラスからずっと一緒の方をお誘いしたので、何とか日程をこなすことができて感謝です。
顧先生直々に、動作の癖を直していただきました。休み時間に、方暁先生が時計を前に三心並站圧をされていたのを見て感激でした。先生方が如何に真摯に練功に日々励んでおられるかを知り、師を敬うと言う八句の言葉をますます実践できました。
講習会後、一週間ほど下痢が続きましたが、練功の反応で悪い物が出たのだと和子指導員から伺って納得いたしました。
顧先生から勧められた漢方の朝鮮人参はすでに私の煎じ薬の中に入っていました。また八味地黄丸は前に服用していたので、漢方の先生にまた処方していただきました。気功と漢方が中国発祥として共に係わり合いがあることも教えていただき感謝です。
捧気貫頂法は特に私には難しかったので、DVDを買って家で毎日のようにやると、気が体を貫く心地良さを味わうことができるようになりました。いつもDVDで見ている顧先生の号令を直に聞き、気をたくさんいただいて、3日間練功することができたのは有難く貴重な体験でした。

6ヵ月で・・・ 大塚本部教室 八木陽子

投稿日:2017-05-18

智能気功初級クラスに通い始めたのは、教室の前の通りの桜が雨にぬれていた今年(2016年)4月の日でした。その半月ほど前、たまたま一緒に旅行に行った友人に、2月に帯状疱疹にかかったことを話したところ、智能気功をやるといいと強く勧められ、帰宅後、大塚教室の地図がFAXで送られてきました。それまで智能気功の存在も全く知らず、どんなことをするのかも分からなかったのですが、「ま、どんなものかのぞいてみよう」くらいの軽い気持ちで教室に顔を出しました。その初級クラスで、気を送ってくださる時間がありました。最初に「どこに?」と尋ねられたとき、咄嗟に「眼に」と答えていました。実は左目が黄斑前膜だったのです。

黄斑前膜といってもご存知ない方が多いと思います。加齢とともに目の中のゼリー状の硝子体は網膜から離れていくのだそうですが、網膜の黄斑(視神経につながっている大切なところ)に剥がれそこなった膜が残っていたのです。その膜がうまく剥がれてくれればいいのですが、破れてしまうと手術が必要となります。治療法はないので、投薬も生活上の規制も特にはありません。

黄斑前膜が見つかったのは東日本大震災の翌年、2012年5月です。金環日食の日に右目に大きな糸玉のような飛蚊症が現れました。日食の太陽を直接見てしまったためかもしれないと、近くの眼科医に行ったところ、断層撮影の映像を見ていた医師が「おっ」と声を上げ、左目が黄斑前膜であること、他にも網膜剥離を起こしそうな箇所がある、右目は神経が弱い、すぐ手術が必要かもしれないと言いました。愕然としました。

幸い、すぐに黄斑前膜の手術をしたばかりの知人に出会い、病院と医師の名前を教えてもらい、早速予約を入れました。そこではすぐ手術する必要はないこと、この先の経過としては、①自然と剥がれる、②破れて手術、③このままの状態が続く、の3通りがある。3ヵ月毎の検診を受けながら経過観察を続け、もし視力が急に落ちたり異常が起きたらすぐ来るように言われました。もちろん命にかかわるものではないし、破れた時には手術という手段があるのですが、今日か、明日か、バスの振動でも破れてしまうのではないか・・?と、四六時中脳裏から離れない不安でいっぱいの日々が続きました。2年くらい経ったころ、検診の視力検査で縦線がギザギザと歪んで見えました。そうなってみると周り中縦線だらけで、しょっちゅう左目で確かめては落ち込んでいました。

そのうち、自律神経が不調をきたし始めました。他の要因もありましたが、目のことを気にして不安に思い過ぎていることが大きいと思い、なるべく考えないようにしようと心がけるようになりました。

そんな時に智能気功と出合ったわけです。黄斑前膜のことを話した時の中村和子指導員の「大丈夫よ」の一言がどんなに心強かったことか。クラスがある度に中村和子指導員はじめ教室の何人もの方が気を送ってくださいました。温かかったり、すーっと涼しかったり、その時々で違う感覚がありました。自分では自宅で練功することもせず、時々開閉をしては「目は正常になる」と目に手を当て、気を入れるくらいのことしかしていませんでした。始めて1ヵ月半経った時に病院の検診がありましたが、結果は「変わりありません」。中村和子指導員は、中で変化が起きているとおっしゃっていました。

そして、9月末の検診。それまでの担当医師が退職してしまい、初めて会う医師(なんと、同姓の中村先生)です。ちょっと緊張して診察室に入ると、若い女性の医師がニコニコしながら「膜が自然と剥がれていますよ」、「黄斑がきれいな形に戻れば卒業です」と、前回と今回の断層撮影の写真を並べて説明してくださいました。まだ教室に通い始めて6ヵ月。こんなに早く、こんなに嬉しい言葉を聞けるとは予想していなかったので、びっくりしました。中村和子指導員にはすぐメールでお知らせし、家族にも伝え喜んでもらいました。

今回のことで、西洋医学では治療法がないと言われても決して何もできないわけではないということと、智能気功はなんだかすごい、とその奥深さを実感しました。ここ数年自分もあちこち不調になるし、周囲には何とか「正常に」なってほしい人が何人もいます。智能気功の入口に立っただけの私ですが「一家に一人いるといいわよ」という「一人」になれるようがんばらなくては、と思っています。

中村和子指導員、教室の皆さん、ありがとうございました。

第一歩功指導員検定を終えて改めて思ったこと。  小林由佳

投稿日:2015-07-16

第一歩功指導員検定を終えて、智能気功と出会った6年を振り返ると共に、今回の検定で得たもの、感じたことについて考えてみました。

 

若い世代に智能気功を

私が母に連れられ大塚の教室を訪れたのは、高校3年生の受験を終え、一息ついた頃です。最近では若い世代が徐々に増え始めましたが、教室に通い始めた当初は全くいませんでした。それでも気功に興味を持ち、何かの縁を感じ続けてこられたのは、中学生の頃から体調に悩まされていたことが大きいと思います。

私は中学1年の頃にひどい吐き気に襲われるようになり、外で食事をすることはもちろん、一駅先にすらいけない時期がありました。病院にも行きましたが原因は分からず、薬を飲んでも効きません。病気になったら医者が治してくれるとずっと思っていましたが、これを期に医者でもどうにもならないものがあるのだと理解しました。原因が分からず薬も効かないこの吐き気は一体いつまで続くのか。そもそもこれから進学し、社会に出て働くことなんてできるのだろうかと日々不安を抱えていました。しかし、学年が上がるにつれ徐々に症状は弱まっていき日常生活には全く困らなくなりました。

再び体調を著しく崩したのは大学2年生になった時です。「最悪だな」とは思いましたが、この時はそれほど不安ではありませんでした。というのも原因が分からずとも気功で何とかなるだろうと思えたからです。これは中学の時との大きな違いでした。

若い人でも私のように原因のわからない体調不良に悩まされている人は実は多いのではないでしょうか。若いために普通に元気に生活している人との比較や周囲から理解されないこと、将来への不安などに苦しんでいる人も多いはずです。そういった人たちに智能気功は心の支えになると思います。また、ストレスの多い社会で頑張って働いている世代の人にこそ自身の健康と心のケアに気功はとても良いと思います。今回、指導員検定を一緒に受けた6人のうち3人が若い世代であったことは、やはり若い世代にも気功は必要であり受け入れられつつあるということだと思います。検定を受け、人に気功をどのように伝えるかを改めて考え、勉強することができたので、身近で困っている人がいればどんどん勧めていきたいと思います。そうして、智能気功に縁と福のある人が増えていけばいいなあと思います。

 

理論勉強の大切さ

今回、指導員検定を受け、人に気功をどのように伝えるかを学べた他に、理論を勉強し直し、その大切さを再認識しました。

先日の練功中のことです。急に経験したことのない激しい痛みが背中、お腹の全体にはしり動けなくなりました。あまりの痛さに一瞬救急車かなと思いましたが、いや待てよ、これは練功反応の気が患部をつく反応では?と思い、とにかく緩めることにしました。骨なのか内臓なのかどこが痛いのか、とにかく全体が痛むのでひたすら「緩め~、ほーん~」を繰り返しました。すると、7,8分ほどですーと痛みは消え、まるで形神庄2節の後のように喉の通りがとても良くなるのを感じました。ですが、痛みが引いても再び痛くなるのを怖れ、その日は練功せずに休んでしまいました。

この時、パニックにならずに対応できたのは、これは気が患部をつく反応では?と予想できたことだと思います。つい理論勉強は疎かにしてしまっていましたが、理論を勉強することは心の揺れを少なくし、気功に対する信念を確立していくのにとても大切なことなんだと身をもって経験しました。

ただし、この時の後悔としては、続けて練功した方がいいと思いながらも、やらなかったことです。やはり頭で理解しているのと実際に実行できるのとでは全く違います。実際に実行できて初めて自分のものになると思いますので、大事なプレゼントを自ら捨ててしまったような後悔が残りました。その為、次回同じような痛みが来たら、今度こそ練功しようと思います。そしてこれからも、理論を学び実践を続けていこうと思います。

すべて上手くいきました。    大村教室 有川弘子

投稿日:2014-07-13

毎朝、神様、仏様、亡き両親に挨拶して、感謝しつつ1杯の水を飲んで捧気貫頂法を始めます。今日も快腸で快調な1日になります。
昨年の12月、私は巨大横行結腸癌(15㎝×8㎝)でした。お医者さんは、大きすぎるので、抗がん剤治療で小さくしてから手術するという事でした。人工肛門を付けてもらい、食事は出来るようになりました。
大村教室で智能気功を習っている妹は歯のカチカチ功法の仕方を教えてくれ、癒しの気功のCDと『智能気功上達の必読書』をお見舞いに持って来てくれました。末期癌でも治ることがあると聞いた話と重なり「私も治る」と信じていられました。初めての抗がん剤治療の時と術後、橋本指導員は病室の気場作りと外気調整、抗がん剤にも気を入れてくださり、開閉の仕方も丁寧に教えてくださいました。
また、妹は早くから遠隔調整を中村指導員、北島指導員にお願いしていたようです。両指導員にはメールにても励まされ助けられ、大村教室の皆さんにはたくさん応援していただきました。おかげで副作用の吐き気もなく、食事も美味しくいただけ私の出来物ちゃんはどんどん小さく(体積で64分の1)なりました。
術後、今までと同じように過ごすと駄目だ、変えたいという思いもありました。その時、北島指導員に5月の初級合宿を勧めていただき参加することが出来ました。気場が凄く良く最終日には「癌は消えた、治った大丈夫」だと感じました。(大村教室、北島指導員のお宅も居心地抜群です)手術日を延ばして合宿に行けたことは幸いでした。
6月4日、横行結腸癌切除の手術は「良好な結果が出て良かったですね」とお医者さんに声をかけていただく程、お陰さまですべて上手くいきました。
・人工皮膚を使わずに済んだこと
・人工肛門が閉鎖できたこと
直前に色々悪い場合の説明を受けましたが、良い結果になりました。最後まで大丈夫だと信じられたことが良かったと思います。7月の中級合宿に皆さんに助けられながら、妹と一緒に参加することもできました。
尊敬できる先生方、指導員の方々、仲間友人の皆さんに出会えたことが幸運でした。ありがとうございました。この夏、練功と皆さんの応援のおかげで、元気で過ごせる幸せを感じています。皆さんにお会いできることを楽しみにしています。これからも宜しくお願いします。

(2013年11月発行会報から)

急性肝炎を気功で乗り越えて      一歩功指導員    松下勝子

投稿日:2014-07-12

昨年1年ぶりに採血をした。その結果、主治医も慌てる程の肝機能数値が出た。GOT610、GPT905、生まれて初めてのこと。
この数値では即入院、病名は急性肝炎との診断。その頃、時折足がだるかったり、肝臓の部位辺りが少々重い時があったが、仕事で忙しく過ごしていた。入院せずに通院治療で治したい旨「私の希望は気功で」とまで言ってしまった。主治医は笑って、肝機能の数値だけなら院内ですぐに再検査ができるとのこと。採血の順番を待っている間、我肝臓に手を合わせてあやまり「頑張ってくれてありがとう。そして肝臓の数値、元通りになる」と私なりに一生懸命外気発射して採血の番となった。40分後、採血の結果GOT474、GPT658で1カ月前より下がっていた。先生は肝硬変を心配されていたが、数値が下がっているから通院で治療しましょうと、取り合えず大豆レシチンをベースにした薬を1日3回飲んでくださいと渡された。3日間飲んだがやめてしまった。
その後、1カ月ごとに通院し採血。その折にも先生に「薬はいりません」と申し上げた。数値も少しずつ下がった。当時は捧気貫頂法の上級クラスで練功し、他にも出席できる講習会に出て、教室の気場の中で練功するようにした。今年になり、講習会の強い気場の中で練功すると良くなるとの中村和子指導員のアドバイスで、3月の初級合宿に参加した。
すると今年の2月の数値GOT112、GPT144が4月にはGOT49、GPT48に下がった。その後、6月の指導員研修に出席。この研修では漠然と正常値になると思っていたが、内容の充実した勉強で、数値はGOT41、GPT32の本当の正常値になった。約1年かかったが、お陰様でA、B、C型のウイルス肝炎ではなく、主治医は「肝臓が風邪をひいたんでしょう」と。私は「気功で治りました」と申し上げたら、笑いながら「よく頑張りました」と喜んでくださった。
この1年、中村和子指導員の授業の前や休憩時間の折の外気発射。またある日はお台所で食器を洗っている時、肝臓が温かくなった気のプレゼント。特に昨年の上級強化合宿で、顧先生の貫頂をいただいた折の肝臓が温かくなった体験は、忘れることができません。智能気功で縁をいただいた人生の先輩でもある友より、診察日1週間前の時間を決めた遠隔の応援。中級クラスの帰り際の顧先生の「肝臓は治った」と私の目をじっと見つめて言ってくださった気の言葉。心がホッとした。
その翌日のCT検査は省略となり、気の不思議、気場の効能を深く感じ入った次第です。人生の後半になり、新たな尊い人間関係、智能気功の奥深さを体得することができ、もっともっと精進せねばもったいないと思っています。命は時間ですもの。今でしょ!!
顧先生の著書「智能気功 上達のための必読書」は私達に3つのものを与えてくれます。それは希望、向上する力、命の充実感。これらを得られるのが智能気功ということを実感致しました。応援してくださった方々に感謝の思いです。

(2013年8月発行会報から)

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